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チャコ

Author:チャコ
ドライブと、音楽を聴くことが大好きです。キッチンに長時間こもってお料理をしたり図書館に1日中入り浸ったりも・・・。半世紀を生きて来て思う事などを・・・。

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訂正


↓記事で、 かんごしと打つと「看護士」と出たので、そのままにしていたんですが、さっき
気付きました。

   看護師さんですね。

看護婦さん(女性)に対しての言葉が看護士さん(男性)だったようで、今は

男女の区別をせず、両方合わせて 看護師さん  と書くんですね。

申しわけありませんでした。


        日本語はむずかしいですね~~。でも、漢字をみただけで、
         その単語の意味がわかるので、
         ある意味便利でわかりやすい言葉、国の語だと思います。

病院に求めるもの

私思います。

医院、大きな総合病院、どこにせよ、

先生の前ではつい緊張感があり、病院にいっているのに、

リラックスできず、しんどくなって帰ります。


長く待って、余計病気がひどくなるときも・・・。


でも、看護士さんがやさしいと、

救われるんです。

私はかかりつけの婦人科と、整形外科に定期的に行っています。



どちらも、評判のいい先生ですが

それより 看護士さんが、何かと手を体に触れてくれます。


もう、この歳で、ひとからさすられるってないです。

だからいつも、何気ない手の温かみが とっても嬉しいです。


子どもの頃、赤ちゃんの時はもちろん親にスキンシップしてもらったはずですが

物心ついてからは

弟がいたので、母は小さい弟の方に気がいって、

私はあまりスキンシップしてもらった記憶がありません。



そんなだからか、余計、今この歳でも、 身体に手を当ててもらうと

ものすごく癒されます。


先生に問診してもらったり、お薬をもらうことも、もちろん有難いのですが、

看護士さんに 肩にふと手をおいてくださったり、注射したとき、そこをさすってくれたり、

ベッドに寝て診察などしたとき、十分ひとりで起きられるけども、そんな人にも背中に手をあてて起こしてくれたり・・・

そんな風に

手をそえてくれることが何よりも 治療になります。



よくいう、 これが 「手当て」なのですね。


やさしい看護士さんのみなさま、ありがとうございます。




無言で語る親の教え


私は母を25の時に亡くしました。

だから、人間が、女が 歳を重ねていくと どうなっていくのか

よく知らないまま、自分が年を重ねてきました。



近くが見えにくくなってくるんですね…。

膝がいたくなってくるんですね・・・。

朝方、目がさめるんですね・・・。

疲れやすくなるんですね。

漠然とした不安が襲ってくるんですね。・・・・・。


どれもそうなっている人を見たことないので、自分で体験してはじめて知り、

びっくりしたり、

不安になったり。


でも、

たくさんの事を教え続けてくれていた母は

病気で死んでいくときは人間ってこうなる、と、最後に教えてくれました。



そうして30年ほどたち今、父が80を超え、日々

衰えていってます。

これを会うたび見るのは辛いです。

特に人一倍元気で強く力持ちだった父なので

ついこの前までどこでも一人ででかけていたのに、

今は車イスでないとダメなのが信じられません。


でも、このことを認め、受け入れないといけないんですよね。

これ、体を張って、親が子供に


人って歳を重ねていくとこうなるんだよ、とおしえてくれているんだ・・・。


と ふとおもいました。



前回 母の死を体験した時は母はまだ50代になったばかりで、

年老いていくことを私に見せず、教えず、白髪もそうなく、

肌もまだまだきれいなまま逝ってしまいました。


今度は父は、 

私も人として知っておかなければいけない事、考えないといけない事など、

今 語らずに 教えてくれているように思います。



だから親の老いていく、弱っていくことを拒否したらだめなんですね。


そして自分も子供に躾けや生きていく術だけでなく、こういう老い、死も、また伝えていくわけですね。



   親は子供が生まれた瞬間からいろんな「初めて」の事を 教えてくれます。

   死ぬまで、その体で教えてくれるんです。

   そしてわたしも、子へ・・・とそう思います。


長生きの意味は自身の幸せのためでなく、

次の世代に見せて伝えるためかもしれません。







今も昔も・・・(国語の教科書)

at0892.jpg

 左がうちの息子が使っていた教科書。右が近所の子のを去年もらいました。
(塾でパートしようと思ったので。  別の所にしましたが。)

この2冊には時間は 18年の隔たりがあります。
大きさも、横3センチ、縦5センチほど大きくなっています。
つまり中の文字が少し大きくなっていたり、行間がゆったりしています。

でも、   みっけ!
懐かしの『白いぼうし』  

今の子も読んでいました。
at0896.jpg 昔


at0897.jpg 今


タクシーの運転手さんが道端に落ちている白い帽子をみつけ、拾ったら、

中からふわりと蝶 が逃げて行きました。



運転手さんは蝶を逃がしてしまったお詫びに田舎のお母さんから送られてきた、
車に乗せていた 夏みかんを帽子の中に入れておきました。

そしてタクシーにもどったら 

      女の子が「みちに迷ったの・・・」  と後ろの座席に座っていました。



そこへ男の子が網を持ってお母さんを連れて 「おかあちゃん、本当だよ、あの帽子の下。」と帰ってきます。


タクシーの運転手さんはそれを車の窓から見ていましたが、

後ろに載っていた女の子が「おじちゃん、はやく行って。」とせかします。


そして発車させて女の子の言う行先へ向かいながら


「ふふふ、さっきの男の子、蝶がみかんに変わっていてびっくりするだろうな~」・・・と考えながら運転します。


そして!

ふとバックミラーをみますと、だれも写っていません。 

おじさんは車を止めました。

そこには白い蝶がたくさん飛んでいました。


「よかったね。」「よかったよ。」


という声が聞こえてきました。


                  ・・・・・    というお話。


   懐かしかったでしょうか?




でも、   不謹慎なここにいる大人は  


車に戻ったら女の子が座っていました。・・・・この行のあたりを読んだころからちょっと ぞくっ!


そして読み進むと・・・「バックミラーには誰も写っていません」   ・・・・ほらっ!!やっぱり~~~!!

おじさんは車を止めました。そこには白い蝶がたくさん飛んでいました。 
       ・・・さっきの男の子に教えてやりたい。


などと思ってしまうのでした。



  でも、ほんとは逃がしてもらった蝶が女の子になってタクシーに乗ってきたんですね。

だから自分を捕まえた男の子がかえってきたからまたつかまりたくない、怖い、という感情で

「早く行って」といったんですね。

最終、仲間のいる所に戻って「よかったね。」「よかったよ。」なんですね。

男の子が悪役になってます~。



でも、  子供とお母さん、おじさん、おじさんのお母さん、女の子、

それぞれが蝶でつながり、その立場での優しさが描かれている、

ほのぼのしたかわいいお話でした。

  




人間の不思議


不思議・・・といいますか、神秘といいますか・・。

父をみていて思います。ほんとに、人間って、20歳ごろをピークに、

どんどんくだり、赤ちゃんに戻るんだな・・って・・・・・。


赤ちゃんの時、歯はなく、髪の毛も少しうすーくはえていて歩けなくって・・・

で、だんだん歯ははえてきて、髪もふさふさになってきて、たっちができるようになり、

よちよち歩けて   とにかく成長していきまえを向いていきます。

両親たちは「できたできた!」 と拍手して喜びます。


でも80代の父を世話していたら、道で足がももつれつまずき、(これって歩き出した赤ちゃんがやってる。)

字もしっかりかいていたのに、だんだん震えた線になり(これって幼稚園児の字)

髪の毛が、あるとき急にぬけてほど地肌がみえて・・・(これって1さいまでの赤ちゃんの薄さ。)

歯はもう60代の頃入れ歯にしています。(まさに赤ちゃんがそんな口。)

どんどん下り坂を降りていくのをみて寂しくなります。

胸が詰まります。


おり切った時が、赤ちゃんの誕生の地点の対照の地点になるのか、と うっすら

わかってきました。

ら、だんだん怖くなってきました。


このままいけば。。。大きな病気以外はこうやって老衰していき最後、歩けなくなるんでしょう。

人生って左右対称の山がかける気がします。

ただ、長生きになってきて(というより医療の発展でさせられて)左右対称でなく、

下りがやけに ながい!ながい!

近くが見えなくなってからが長い。膝や腰が痛くなってからが長い。

肩が上がらなくなってからが長く生きないといけない。


痛い痛いといいながら何十年も生きなければいけないです。

昔はほぼ左右対称だったんだろうな。特に江戸時代なんかは50歳くらいの寿命だから。

それが幸せだったのかも。

でも、一度薬の力で不自然に平均寿命を延ばしてしまうと、

みんなそれが当たり前で、それ以下がこわくなるんですね。


そういう私も 頂点はとっくに過ぎ、くだっています。


すこしでもなだらかに。  ゆっくりと・・・。

と、「生きたい」本能がはたらき、そう思います。

迷惑をかけず生きることはできない。


から、お互い様、といいきかせ・・・。