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Author:チャコ
ドライブと、音楽を聴くことが大好きです。キッチンに長時間こもってお料理をしたり図書館に1日中入り浸ったりも・・・。半世紀を生きて来て思う事などを・・・。

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緊張の連続

あれから、何度か病院から血圧が下がったなど、もう、あぶないかも というような連絡が入り、

駆けつけるという事がありましたが、もともと とっても丈夫な父・・・。


いつもまた「おちつきました。」といわれ、ほっとして帰っています。


でもいつも気がかりで、仕事がやすみの日はずっととりあえず会いに行ってます。



話しかけたらかろうじて「うんうん。」とうなずき反応してくれていましたが、


ついに、3月8日から私の呼びかけに反応しなくなりました・・・・・。

でもその次10日に行ったときは大きな声で

「お父さん!きたよ~・・・。○○(私の名)!!」というと足をびくんと大きく動かしました。

何度かそうしてくれました。



仕事中も上司に言って スマホをポケットに入れ、電話があったら バイブでわかるようにしています。

寝るときも枕の下に入れています。


そういうことをし出してからも言う1か月・・。


その中で就活して新しい仕事場に行きました。

ら、緊張の連続で、顏に できもの ができて~~~ショック!

これはもう、完全に 抵抗力がおちて化膿しているな、と思いました。


もう、お別れを十分言って 覚悟しているのですが、

そしてこうやって順序を追って父との最後の時期を過ごせて、

結構「幸せ・・・。」とまでおもっているのですが、



体は正直だな・・・・・。


こんなおやつ❤

at1172.jpg


前記事のかわいい器に今日はこんなおやつをいれて午後から

ちょこちょこ食べました。

この栗どらやき、生地がもちもちしていて ぱさついてなくって

とってもおいしいです。

ペンギンのは、チョコです。

こんなことでも   なんだかしあわせ~~~。

うきうきの おやつタイム

at1171.jpg

ちょっと大きくなりすごましたが、このイラストをみてもらいたくて・・・。


かわいい!と。即買いました。


おやつ入れです。

緊急


おひるごろ、とつぜん 「父が朝から意識がない」 と連絡があり、

割とのんびり心のどこかに父の事をおもいながらではあるけど

いつも通り過ごして家族をみおくったあと、

ほっと一息、コーヒーを飲みながらいた時の事。


えっ!!  と・・・


そこからあわてて「間に合いますように・・・。」と

バタバタ用意し、

しながら  しまった!こうなる。  いつかはこうなる、とおもってたのに、

服とバッグをいつも身近に置いてお金も封筒にいれていつでも準備しとこうとおもってたんだった!


そんなことおもいながら、服をだし、化粧も、ささっとして、でも手が震えてうまくできず。


なんとか、出る準備をし、もう一度施設に電話したら・・

病院が併設されている施設なので、すぐ搬送されその後意識が戻って

よびかけにはうんうんと言っているとのこと。


一安心して でもあわてて電車に乗り1時間ほどかけて行った。


病院に入院になった。先生の話をきいたけど、わたし、とても苦手で。

今日は休みで出かけていた息子がUターンして一緒に来てくれ、

先生の話を聞いてくれた。

はいに水がたまっていて血液の状態も悪く。


そのご、部屋にはこばれ、そこで、2時間ほど父と過ごしました。

ときどき目を開けます。

すーっと寝ていくのです。で、声をかけるとまた目をうすくあけ、

うんうんと声を出してくれます。


「おとうさん、小さいころから かわいがってくれて、ありがとう。

音楽をいっぱいきかせてくれてありがとう。

絵をおしえてくれてありがとう。

結婚式を盛大にしてくれてありがとう。

あの子らをかわいがってくれてありがとう。」


と言いました。思わず、寝ている父におおいかぶさって

肩のあたりをだき、「ありがとう、ありがとう・・。」と言ってました。


1つ1つに、うんうん、とうなずきながら、声もだしてくれてました。

つづけて

「治ったら、また駅まで車イスでコーヒーのみにいこな。

車椅子のままのれるタクシーでまた〇〇にいこな。」と言いました。


○○はこの施設に来る前にはいっていた隣の駅の高齢者向きのマンションです。

そこの町を父は気にいっていて、私は1週間に1度くらい言って一緒に

すぐそばのスーパーに買い物に行ってました。

また行きたい。と言ってましたから。



なかなか帰ることができずにいました。

その間に併設の今朝までいた施設のスタッフさんたちが

次つぎきてくれました。私は皆さんと話して気がまぎれました。


帰り、電車の中で、いろんなこと、思いました。会えてよかった。

お礼いえて、きいてもらえて、返事ももらってよかった!

少し清々しい気分でした。

途中私が育った

でも、今はもうない実家の最寄駅もとおるのですが、窓から駅の風景を見て

「ここでお父さんとまちあわせたな~」とか「ここから電車に乗ってあそこにいったな。」とか

いろんなことを思い出しながら帰りました。


家に着いたらくたくたでした。

中に入ったら我慢していた涙が あふれてきました…。







出入り禁止

インフルエンザの流行のため、父の介護施設で

家族の出入り禁止になりました。

もう、ほぼ1か月になります。

この時期にインフルエンザが流行るのは知ってますし、不可抗力です。

でも、まさか入れなくなるとは思わず。。。またね~と前回、何気なく帰りました。


その、前回、つまり最後に行ったのは1月半ば。



でも数年前倒れて病院や施設に入ってからいつも父と別れるとき、

これが最後かもと頭のほんの隅っこの方で

ちらりと思いながら電車に乗って帰っている私です。次回もあえるのかな・・・と。



最近はますます弱ってきたので、

今まで大人になってからはしたことのない、肩をもんであげたり、顏を拭いてあげたり・・・

そんなこともしてあげていました。


そしてそういう世話事よりも、心。

心に100%いたわりの気持ちだけで会うようにしています。

それは お別れが近づいているかも・・・という認めたくない不安からです。


去年の始めまでは ちがう施設にいましたが、(もっと軽い症状の人が入る所というか、自立型マンション)

まだまだ自分の事はゆっくりならできていたので

つい、私は昭和1ケタ特有の悪気はないけど上から目線の父の言葉や行動で

イライラした時、 反発し 文句や説教じみたことを言ってました。


このごろ、そういう勢いはそぶりさえも見せない父。

弱弱しく、世話をして下さっているスタッフさんに「ありがとう。」と言っています。



ここ1か月、会えません。

私に合う事だけが楽しみといつも言っている父。

気になります。





前回、帰るとき、「気を付けて帰るんやで。」と麻痺した 腕をゆっくーり
あげてしべりにくそうに言いました。


親って体が動かなくなっても子供のことを気にしてくれるんだ・・。


どうしてるかなあ~。

さびしいだろうな~。